地球の潜り方
その14 =もしダイビング中に・・・=
今年(2004年)の日本列島は本当に災害が多い年である。台風上陸数は史上最多を更新し、おまけに中越地震である。山古志村の惨状や新幹線の営業列車が初の脱線等々、大きな爪痕を残している。以前に本コラムコーナーでも書いたが、「自然の逆襲」を受けているようだ。
ダイビング中に発生しそうな災害について考えてみると、すぐ頭に浮かぶのは悪天候時の漂流などであり、各種教本等にもそれ相当の内容が入っている。
天候は天気図を読むか気象情報を事前に入手することである程度対応がとれる。しかし、地震は予測が殆ど出来ずどうにもならない。東海地震の警戒警報でも出ていれば別であるが、今現在では的確な地震予報は難しいようである。少なくとも筆者が以前に使用した教本には何も出ていない。ダイビング教本のオリジナルを出版している国が地震多発国でないから仕方がないかもしれない。(但し、日本と同じ地震国のイタリアではどうなのだろうか?)
市販書を見てみると、水中造形センター発行の「海で死なないための安全マニュアル100」には、地震発生時の対処法が数頁用いて説明されている。この本以外にも地震に関しての記載のある本が存在する。それによると、地震が発生した場合、音がすると共に砂地であれば砂が舞い上がり、魚たちは物陰にさっと逃げ込んでしまうそうである。また、地震が起きたら直ぐ浮上・エキジットして避難する、と書いてある。海底での地滑り、崩落に関連する記載もあり、砂地では液状化現象と同様の現象が発生することや、洞窟が崩れることの危険性にふれている。なお、今までダイビング中に発生した地震でダイバーが死亡した例は無いとも書いてある。(筆者がこれまで数回お世話になっている沖縄のガイド氏は最近ダイビング中に震度4の地震を経験したそうである。それによると、水中では地鳴りがスクリュー音と少し似た感じに聞こえるらしい。)
しかし、この記事を読んでいて疑問に感じた部分がある。それは以下の通りである。
1.水中は安全なのか?
今までダイビング中に発生した地震でダイバーが死亡した例は無いというのは、これは水中が安全だからと言うよりは、ダイビングがレジャーとして広まって以降に大津波を伴う地震が発生していないから、と考えることはできないだろうか?
2.エキジットすることが本当に安全か?
地震発生時に船舶が沖合に避難することがある。ボートダイビングの場合は、沖へ避難して津波をやり過ごす方が安全なことも考えられるのではないか?ビーチダイビングの場合は速やかにエキジット出来なければ海岸にいるうちに津波が襲ってくるのではないのか?
このようなこともあり得るのではないかと思って探してみたら、佐藤宏さんという方のホームページ内に同様の趣旨のエッセイがあった。
このエッセイでは、エキジットしている間に津波が襲ってくることもあるのでなるべく沖へ出る方法もある旨述べられている。筆者も全く同感である。但し、佐藤氏が調べた限りでは、どのくらい沖へ出ていれば安全かは見当がつかないそうである。これは今まで実例もなく仕方ないであろう。
震源が近い場合は短時間で津波が来る。浮上・ボート乗船(あるいはエキジット)・沖合(あるいは高台)へ避難まで出来ないかもしれない。その場合は全員死ぬ覚悟である。(波にのまれて溺死か、陸に打ち上げられて減圧症か。それとも岩などに打ち付けられて全身打撲か。)ポイント(海底地形)によっても危険度は相当異なるであろう。
もう少し広く考えると、ドロップオフや「根」や「へり」、「溝」などが地震で崩れ落ちることないのだろうか?「根」や「へり」の上にいれば、直ぐ手を離して中性浮力をとればよいが、下にいたとしたらどうだろうか?即死ではないにしても、岩に手足を挟まれて身動きが出来なくなるかもしれない。
これらを考えてみると、地震発生時の対処法には以下のようなものが考えられる。(佐藤宏のエッセイや「海で死なないための安全マニュアル100」等を参考にさせて頂きました。)
1.ビーチダイビングの場合、エキジット直前であれば素早くエキジットし、海岸から離れる。沖合で浮上した場合、そこが比較的水深があれば、逆に沖合に向かって泳ぐ。(どっちつかずの中途半端な場合も多々あると思うが何とも書くことが出来ない。前述の佐藤宏氏は、沖に出ると漂流の危険が伴うと述べておられるがまさにその通り。)
2.ボートダイビングの場合、エキジット直前であれば素早くボートに上がり、なるべく沖に出る。浮上開始前であれば、直ちに減圧停止深度まで浮上し、減圧停止をする。(深いところにとどまったままの場合、波に打ち上げられて減圧症になるかもしれない。)
3.砂地の斜面に着底もしくはそれに近い状態で地震が発生した場合、斜面から離れる。「へり」や「根」、「溝」付近で地震にあった場合、直ちに離れる。(上から砂がどっと流れ落ちてくるかもしれないし、岩などが転がり落ちてくるかもしれない。)もちろんその後は直ぐ浮上を始める。
上記が有効に機能する前提は、事前にポイント情報として地震時対応(いわゆる”ハザードマップ”のダイビング版)が入っていて且つブリーフィング時にそれ相当の説明がなされていて、水中で地震が発生していることを体感できる場合である。現状はどうであろうか?
問題になるのは、水中での地鳴り音がスクリュー音に似ているために、仮に地震であっても地震かどうか分からない場合も多いと思われることだ。
もし水中での地鳴り音を録音したものがあれば、それを教材化して一人でも多くのダイバーに水中での地鳴り音を聞いてもらう必要があるかもしれない。また、ポイント近くに水中スピーカーを設置しておき、地震発生と同時に警報音が鳴るようにしておくことなどが必要なのかもしれない。
(”地震スペシャリティー”なるものが出来ちゃったりして・・・。)
「日本人は一生に一度大地震を経験する」と言われている。その経験する場面がダイビングの最中かもしれないのだ。
以上
=※=
中越地震では新幹線の営業列車が初めて脱線したが、これに関して雑誌等々では「”安全神話”の崩壊」が書かれる一方で、新聞では全国紙を中心に「”安全神話”は崩壊してよかった」との意見もあった。筆者も安全神話は崩壊して良かったと思っている。
そもそも”絶対安全”というのは非現実的になりがちである。”絶対安全”は日本人は陥りやすい事象であり、労働安全の現場などでは絶対安全の考え方そのものが問題になっている事項である。これを機会に現実的論議が進むことを期待する次第である。
それにしても、脱線した列車に対向列車が来なかったのは幸いだったが、横転せずあの程度で済んだのは線路条件によるものも大きいであろう。上越新幹線の長岡付近から新潟にかけては、全国の新幹線の中でも非常に線路条件が良いところである。トンネルがなく勾配もさほど無い。カーブも半径10キロ程度と非常に緩やかなものだ。もしこれが東海道新幹線であったらどうなるか?東海道新幹線には半径2500メートルのカーブ(超高速列車としては比較的急なカーブ)がかなりある。前々から言われているが、カーブ通過中に直下型の大地震が起きたらあの程度では済まないであろう。今回の事故の徹底解析を期待する。
参考及び引用サイト;
佐藤宏の水中写真シーサイドフォトのホームページ
http://www.aquageographic.com/~sato/index.html
参考文献:「海で死なないための安全マニュアル100」(水中造形センター刊)
文責:折原 俊哉(会員)